2026 R8年 4月12日 日 世界宇宙飛行の日 記念日 月からの地球 1961(昭和36)年4月12日、世界初となるソ連の有人宇宙衛星船 宇宙船 ボストーク1号 が打ち上げに成功した
4.12 岐阜 気温
岐阜(岐阜県)の実況天気(2025年04月
12日)
| 月日 | 04月12日(土) | |||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 日の出/入 | 05:25(出) | 18:23(入) | ||||||
| 時 | 3 | 6 | 9 | 12 | 15 | 18 | 21 | 24 |
| 天気 | 晴れ | 晴れ | 晴れ | 晴れ | 晴れ | 曇り | 曇り | 煙霧 |
| 雲量 | --- | --- | --- | --- | --- | --- | --- | --- |
| 雲底高度 | --- | --- | --- | --- | --- | --- | --- | --- |
気温(℃)
| 朝までの最低気温 9.4℃ | 最高気温 23.6℃ | ||||||
![]() | ||||||||
| 10.9 | 10.1 | 16.1 | 20.9 | 22.6 | 19.0 | 17.8 | 17.1 | |
| 湿度(%) | 74 | 75 | 50 | 40 | 29 | 56 | 65 | 68 |
| 露点温度(℃) | 6.5 | 5.9 | 5.7 | 6.8 | 3.7 | 10.0 | 11.1 | 11.2 |
| 3時間降水量 (mm) | ||||||||
| --- | --- | --- | --- | --- | --- | --- | --- | |
| 現地気圧(hPa) (変化量) | 1009.8 | 1010.8 | 1012.3 | 1009.9 | 1010.0 | 1011.3 | 1012.3 | 1011.4 |
(+1.0) | (+1.0) | (+1.5) | (-2.4) | (+0.1) | (+1.3) | (+1.0) | (-0.9) | |
| 海面気圧(hPa) | 1011.9 | 1012.9 | 1014.4 | 1011.9 | 1012.0 | 1013.3 | 1014.4 | 1013.5 |
| 風向(16方位) | 西北西 | 西 | 南西 | 南 | 南 | 南 | 南東 | 東 |
| 風速(m/s) | 3 | 2 | 2 | 2 | 4 | 5 | 3 | 4 |
| 視程(km) | 17 | 17 | 20 | 20 | 17 | 20 | 10 | 1.0 |
| 不快指数 | 53 | 53 | 58 | 63 | 63 | 64 | 62 | 62 |
2025年04月12日の天気概況
高気圧に覆われ、北海道から四国、中国で晴れた。
最高気温は札幌で19度0分北海道は今年これまでで一番の暖かさを更新した所があった。一方、九州には低気圧や前線が接近し、など夕方以降は広く雨。長崎県では南よりの風が強まりはじめた。15時前、長崎県に暴風警報。
ニュース
https://www.asahi.com/news/daily/0412.html
雑学
https://netlab.click/todayis/0412
信玄公忌
戦国武将・武田信玄の忌日。
元亀4年4月12日
新暦:1573年5月13日
東京大学が創立

1877(明治10)年4月12日に
- 東京開成学校
- 東京医学校
が併合して、新たに

が開設されました。
日本初の超高層ビルが完成
出典:三幸エステート
1968(昭和43)年4月12日、東京都千代田区霞が関に日本初となる超高層ビル

が完成しました。
霞が関ビルディング
- 高さ
- 148m
- 階数
- 36階建て
- 総容積
- 約50万㎥
- 総重量
- 約10万t
10階以上の建物も珍しかった当時、36階建てで高さ148mのビルがそびえ立つ様子をひと目見ようと、建設時から周囲は見物人でごった返すほどでした。
完成後は最上階の36階に設けられた簡易な回廊式展望空間パノラマ36に人が押し寄せ
人気を集めました。
その盛況ぶりは
と言われており、今でいう東京ドーム何個分的な表現は
という言い回しが当時はよく使われておりました。
とは別に、霞が関ビルディングは耐震対策として
でもありました。
- 1973(昭和48)年
祝日法が改正され
の導入が開始。
振替休日
小牧山
更新日:2023年04月05日
小牧山は小牧長久手の戦いなど歴史色の濃い城山の森です。
かつての城跡も今では自然豊かな安らぎの場になっています。
山頂には三層四階建ての小牧山歴史館があり眼下に濃尾平野が広がります。
現在、史跡小牧山の整備が小牧山課により進められています。
小牧山
春の桜、夏の青葉、秋の紅葉、そして雪の小牧山と四季折々の姿を見せ、私たちの憩いの場として親しまれている小牧市のシンボル小牧山。
小牧山は、小牧市のほぼ中央、市街地の西に位置し、標高85.9メートル、総面積約21ヘクタールの小山で、尾張平野の中に孤高しており、頂上からは平野を一望に見渡すことができる眺望の地です。

戦国時代には、織田信長がここに城を築き、天下統一の第一歩を踏み出しました。その後、小牧・長久手の戦いでは、徳川家康の主陣地となり、豊臣秀吉の軍勢とにらみあいを続けました。小牧山は、信長・秀吉・家康という戦国時代の三英傑が関わる歴史のある山で、昭和2年に国の史跡に指定されています。城として使われなくなった江戸時代以降、小牧山は大切に保護されてきました。そのため、城跡には樹木が茂り、数多くの植物を見ることができます。海岸地方に多い暖帯海洋性の植物が多く見られ、中でもタブノキはこの付近では小牧山のみに自生している珍しい木で、昭和47年8月には市の木に指定されています。
史跡小牧山関係年表
戦国時代
永禄6年(1563年)
織田信長が小牧山に築城、清洲から移る。小牧山南麓に城下町を形成。
永禄10年(1567年)
信長、稲葉山城を攻略。岐阜と改称し小牧山から居城を移す。小牧山城は廃城となり小牧城下町は衰退するが、かなりの規模を持つ町場がまだ存在していた。
安土桃山時代
天正12年(1584年)
小牧・長久手の合戦がおこり、豊臣秀吉と織田信雄・徳川家康連合軍が戦う。家康は、小牧山の信長の城跡を改修し、陣城を築く。
江戸時代
小牧山は尾張藩領となり、「神君家康公」ゆかりの地として一般の入山を禁止。山守頭の江崎氏らにより大切に保護される。
元和9年(1623年)
小牧山南麓の町場を、東方の現在の市街地へ移転させる。
明治時代
明治5年(1872年)
一時民間に払い下げられるが、すぐ買い戻され、「県立小牧公園」として一般公開
明治22年(1889年)
小牧山と尾張徳川家所有の土地が交換され、小牧山は徳川家の所有となる。小牧山を保護するため番人を置き一般公開を停止する。
昭和時代
昭和2年(1927年)
国の史跡に指定され、一般に公開される。
昭和5年(1930年)
徳川家から小牧町へ小牧山が寄付される。














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